「久しぶり、ルーク」
「おう、久しぶり!」
落ち着いた声音が耳朶の近くで響いて。ルークは一層、腕に力を込める。
そうすれば、は優しく頭を撫でてくれるのだ。
其れは、ルークが満足するまで。何度も、何時までも。
暫く、其のの手の心地良さに酔っていたルークは。
けれど、何時までもこうしている訳にいかない事も知っていたから。
名残惜しくはあったが、腕から力を抜き、そっと身体を離す。
そして、上がれよ、と今度は片腕のみを伸ばせば、躊躇い無く重ねられた、手。
く、と。大して力を込めずに引き上げられるのは、が身軽だからだ。
そして矢張り何時もの如く、音も無く室内に着地して、ルークの感嘆を誘った。
「相変わらず、慣れてるよなー」
「そりゃあ、何時でも何処でも忍び込んでばっかりしてますから」
に、と悪戯が成功した子供の様に歪められた口角に、釣られて笑う。
其れからルークが寝台に座れば、当然とばかりにもルークの隣に、座って。
「イキナリ来るから、ビックリした。今日は、どしたんだ?」
「ん?ちょっと仕事で近くまで寄ったから、顔でも見てこうかと」
「仕事?」
笑うに、ルークは首を傾げた。
彼はルークが師と呼ぶ人の部下だ。
と云っても、其れは数年前までの事であって、今は直属では無いが。
けれど、彼が顔を見せる時。公務の昼には、何時も師の傍に居た。
こうしてひそりと夜訪れるのは、師が、この国に滞在している時だった。
なのに、今回。
常に彼とルークの間に居た、師の姿は、この地に無い。
そういえば、今気付いたが。
彼が何時も身に纏うのは、神の盾、と呼ばれる騎士団の法衣だったのに。
深く、暗い大気に溶け込むかの様な闇色の、けれど良く見れば濃紺の、衣服だったのに。
今は、身分を隠すかの様な、地味な普段着だ。
「仕事ってなんだよ?」
言葉と共に、純粋な疑問は、ルークの表情に容易く乗って。
は、笑いながら朱色の頭をぽんぽんと撫でる。
「ちょっと調べ物をね。今の上司サマのご命令で」
「・・・・・・今の、上司?」
「うんそう」
さらり、とした返答に、ルークは少し、瞠目する。
それから、俯いて。少し、考える素振りを見せて。
ちらり、と。横に居るレイの顔を、見上げた。
「・・・・・・あいつ、元気?」
「元気どころか。もーじゃじゃ馬も真っ青な勢い」
「・・・・・・そっか」
ほう、と漏れた吐息は確かに安堵。
そんなルークに、は目を細め。
「会いたい?」
「・・・・・・ん。でも・・・・・・」
会えねぇよ、と続こうとした言葉は、音にならず吐息に紛れる。
会える筈が無い。こんな生活じゃ。
其れに例え、この鳥籠の様な屋敷から、外に出る事を許されても。きっと。
「会えるよ」
沈み掛けた想いを、呼び戻したのは優しい声音だった。
けれど力強い、声音だった。
思わず顔を上げた先、美しい人が、ルークを見ている。
其の、銀色じみた蒼い隻眼は真摯で。真剣で。
「きっと、もう直ぐ――――――動き出すから」
息を、呑んだ。
其の、言葉。するり、と鼓膜に届いた、声。
けれど。其の、意味を。知っているから。暫く脳が否定した。してはいけない、と判っていたけれど。
息を。大きく、吸って。吐いて。
震え出した両手を、きつく。きつく、握り込む。
くん、と。身体を引かれた。肩に回ったの手。
其れが、抱き込む様にルークの頭を抱えて。
ことん、との肩にルークの頭が乗る。其のルークの頭に、の頬が当たる。
「前にも言ったと思うけど」
の言葉は、囁く様な、声だった。
「如何云った思惑があれ、生れ落ちた瞬間から、ルークの命はルークのものだ」
「・・・・・・うん」
「だから、ルークはルークの命を、好きな様に生きて、良いんだぞ」
「・・・・・・・・・・・・うん」
優しい、言葉だった。
乾き切った大地に、染み入る清水の様に、心を潤してくれる言葉だった。
けれど。
だから、こそ。
「・・・・・・もう、決めちまったから」
「・・・・・・そ、か。決めちゃった、か」
「・・・・・・ん。決めちまった、から」
。優しい人。本当のルークに気付き、何時でも本当のルークを見てくれた人。
彼を、哀しませる事には、心痛むけれど。
決意は、固い、から。
ご免、と一言だけ。心の中での、深い謝罪。
そしては。ルークの決意が固い事を知っている彼は。
「此れだけは、忘れないでくれないかな。ルーク」
さらり、と。撫でてくれる優しい手。
とくんとくんと穏やかな心音。
ルークを包んでくれる、暖かな、温もりと、そして。
「俺は、ずっと。ルークの味方だから」
何処までも。何時までも、優しい、言葉を、くれる。
不覚にもルークは泣きそうになった。
けれど此処で泣けば、決心が揺らぎそうで。
熱くなる目頭を、紛らわす様にの身体に腕を回し。力の限り、抱き付いて。
其れから、とてもとても小さな声で、ありがとう、と呟いた。
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