身体が、鉛の様に重かった。
倒れている暇は無いのに、手足が思う様に動かない。
何処かとても遠い処で、幾重にも響くザックスの声。
動かなければ。
守らなければ。
そう、思うのに。思っているのに。
動かない身体。失っていく痛みと感覚。
何と脆い肉体なのか。
――――――と。
沈もうとする意識の端で、何かを、捉えた。
其れは荒れた大地に沁み渡る清水の様に。
俺の中に入り込み、身体の隅々まで行き渡る。
暖かい。柔らかい。
何故か、の纏う雰囲気の様だと思った。
そう思った途端、身体に感覚が戻ってくる。
意識が、外界へと浮上する。
酷く。酷くゆたりと持ち上げた瞼。1番最初に視界に入ったのは、見覚えのある一般兵の顔だった。
「ああ、気が付かれましたかサー・セフィロス!!」
心配と安堵。叫びにも似た声で、呼ぶ声。
・・・・・・・・・・・・何だ。じゃなかったのか。
絶対、彼が傍にいると思ったのに。
ふらつく頭を支え上体を起こせば、己がリードとヴァリスの張るシールドの中にいる事に気付く。
そして、くるりと辺りを見回せば、地に横たわるザックスがいた。
「っ、ザッ・・・・・・ッッ!?」
「・・・・・・よー・・・・・・にー、さ・・・・・・」
駆け付けようとしても、身体は思う様に動かず、一般兵の力を借り、這う様にして傍に寄る。
俺の顔を見て、弱弱しく笑みを見せた奴は、次の瞬間泣きそうな顔になった。
「・・・・・・悪い・・・・・・ヘマ、しちまっ、た・・・・・・」
「・・・・・・骨が、刺さっているのか」
「・・・・・・・・・・・・ん。ほん、と・・・・・・わりぃ・・・・・・」
痛みに耐え、其れでも尚口を開こうとするザックスの口元を掌で覆い。
――――――ザックスが、この状態だとしたら。
今、あの大蛇達の相手をしているのは誰だ?
全身が強張った。嫌な、とても嫌な予感――――――いや、核心がした。
振り返った反動に、血を流し過ぎている所為で頭がぐらぐらする。
表面だけ塞いだばかりの傷が熱い。
立ち上がるにも、誰かの肩を借りねばならないこの体たらく。
思う様に動かない身体がもどかしい。こんなにも。
其れでも足を引き摺って、リードの横へと移動する。
そして目にしたのは。
クラウドを抱いたの背後から、牙を向く2匹の大蛇。
「『ファイラ』!!」
魔法を解き放ったのは、無意識だった。
途端、ぐらりと傾ぐ身体。
そして魔法は大きな爆発音を上げて、大蛇達を威嚇しクラウド達を転がす。
クラウド達が俺を見た。其れから驚愕に目を見開き。
「セフィロス!?なにやってんだアンタ!!」
「ダメじゃんセフィ!!無理なんかしちゃ!!」
怒号している場合では無いのに。そんな事を言い放って。
「余所見をするな、来るぞ!!」
俺は彼等の言い分など聞く耳も持たず、揺れる身体で叱咤した。
途端表情を厳しくして、左右に跳ぶクラウド達。
煙幕代わりとなった俺の『ファイラ』に、大蛇達の牙は大地を抉った。
空かさずとクラウドが切り掛かり、追撃される前に大きく飛び退く。
痛みと怒りに、既に我を忘れているモンスター達は、そんな彼等を執拗に追って行った。
「ああもー埒開かない!!なぁんでコイツ等こんなでっかいのさ!?お陰で致命傷らしい致命傷も与えられないじゃん!!」
「今まで栄養価の高いものばかり喰ってたんだろ!!文句言う暇があるなら手を動かせ手を!!」
「わーかってるよそんな事!!」
――――――やばいな。
軽い言葉使いながら、内容は重く2人の動きにも表情にも疲労が色濃い。
あの2人は、一般兵らしからぬ戦闘能力を持っている。其れは知っている。
だが・・・・・・矢張り子供の体躯と細腕では、限界度が低い事も、俺は判っているのだ。
――――――本当に。こんな時だというのに。
2つばかり穴を開けられた程度で思う様に動かないこの脆い身体が、疎ましい。
「うわっ!?」
が、回避の為に後ろへ跳んで、バランスを崩した。其処へ襲い掛かろうとする、大蛇の牙。
ぎぃん!!と、辛うじてクラウドが其れを弾き飛ばす。
しかし。
「ぐっっ!!?」
「あうっっ!!?」
横からしなる尾が、2人の身体を吹き飛ばした!
「・・・・・・う・・・・・・っ、この・・・・・・っ」
「・・・・・・ちっきしょー・・・・・・」
ふらふらと、よろめきながら立ち上がる其の姿は満身創痍。
・・・・・・・・・・・・俺は、見ているだけしか出来ないのか。
此処で。守られた場所で。周囲の人間達の様に。固唾を呑んで見守る事しか。
「こーなったらっっ・・・・・・誰か!!魔法防御のマテリアをクラに!!」
漸く獲物を追い詰め己の力を見せ付けるが如く悠然と2人を見下ろす大蛇達の前、厳しいの声が飛んだ。
其れに反応した兵士の1人が、言われる侭にクラウドへとマテリアを投げる。
クラウドは無言で其れをザックスのバスターソードへと装備し、ちらりとを流し見た。
「暫く任せた!」
「了解!あんまりデカイのは遠慮してくれよ!」
「うん多分だいじょーぶ!」
瞬間、が地を蹴り大蛇達から大きく離れる。
クラウドだけを取り残すかの様に。真っ直ぐ、俺達の方へと向かって。
――――――何を、する気だ?
「さっきのヒト!!ナイフ貸して!!セフィ!!あと2・3発魔法いける!?」
「・・・・・・恐らく、は・・・・・・」
「威嚇で良い!!クラの援護お願い!!」
訳が判らないが言われた通り、俺はクラウドに視線を走らせ、彼を押し潰そうとしていたヤツ等の目前に雷を落とす。
そしては、走って来た勢いのまま、持っていた剣を放り出して奪う様にナイフを受け取って。
どんっっ!!
「ッッ!?」
俺達の目の前で、自分の左手に、ナイフを突き刺した。
慌てて伸ばした俺の手を、当のはふわりと交わして。
己の右手で左の手首を掴み。
刃が突き刺さったままの掌を見詰める、据えた瞳は金にも銀にも煌いている様だった。
「 ――――――開け 次界の亀裂 狭間の道 力と美とが比例する 怖ろしくも愛おしき楽園への扉
死に逝く虫の羽音の如く 秘めやかに紡ぐ我が言の葉を
感知し 認知し 又 奇跡に手を貸したる者へと響かせ伝えん事を請い願う 」
――――――何だ、此れは。
荘厳に、静謐に。謳う様に紡ぐ此れは、何だ。
「 ――――――呼ばれて答えよ 万象の一角
捧げるは 生命の華のかそけき花弁
響き渡るは荒野の風の 嘆きにも似た我が言葉 」
何かを描く様に宙を舞う、指は何だ。
マテリアの装備どころか、持ちもしていないの周りで、色濃く満ちていく、魔力の波は、何だ。
「 ――――――いざや来たりて咆哮せよ!!古の炎 灼熱の鳥 猛き紅蓮の主!!
不浄なる生命 背負いし業の全てを焼き尽し 対陣へと――――――誘わん !!」
「――――――『リフレク』!!」
魔力が、膨張し限界まで達していた魔力が一気に解き放たれた。
しかもクラウドが、受け取っていたマテリアで、魔法を発動させる。
魔法を遮断する『リフレク』を、大蛇に向かって・・・・・・大蛇達に、掛けたのだ。
クラウドが、大蛇達から大きく距離を取る。
・・・・・・・・・・・・其の、魔法を反射する半球のドームに捉えられた大蛇達の傍で。
大きく炎が、爆ぜた!!
「・・・・・・・・・・・・なん、て・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・すご・・・・・・・・・・・・」
息を呑むリードの声が、震えていた。呆然と呟くヴァリスは零れ落ちんばかりに目を見開かせていた。
正に、荒ぶる巨鳥の咆哮だ。地獄の業火など生易しい。
ぶわっと、抑え切れない熱波が、此方にまでやって来た。
『リフレク』によって遮断された小さな半球の世界の中で、身体を舐める炎に蛇の影がのた打ち回る。
やがて其の影の跡形すら無くなり、炎の赤が引いて、壁となっていた半球が消え去っても。
余りの凄まじさに、誰も、何も言葉に出来なかった。
とさ、り。
・・・・・・と、さ。
沈黙の中、乾いた音が、2つ、嫌に大きく響く。
固まっていた首を動かして、其方に視線をやると。
「クラウド!?!!」
2つの細い身体は。
――――――静かに、地に、倒れ臥していた。
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