「やあっと着いたー」
んーっ、と腕を伸ばすに、私は溜息を禁じ得ない。
そして心底憂鬱そうに、見上げた先は中央司令部。
「おーい、ロイ、リザさん、早くはやくー」
小さなトランクを振り回しつつ、腕を振って手招くは、既に10メートル以上も先の階段の上で。
「・・・・・・・・・・・・中佐」
「・・・・・・・・・・・・何を聞きたいのかは大体予想が付くが、何だねホークアイ少尉」
「いえ、彼・・・・・・さんの年は確か、中佐の3つ下でしたよね?」
そんな少尉の質問に、私は無言を貫くだけだった。
ふしぎのせいねん
此処は何時でも、薄ら寒い雰囲気が漂う。
・・・・・・・・・・・・まあ、仕方が無いといえば、仕方が無いのだろうが。
何せ居るのは己の権力を固める事だけに執念を燃やす老い耄ればかりだからな。
己の椅子を守る為には、あらゆる手段を用いても不安要素は潰す。
各言う私も、其の不安要素の1つだが。
気を付けねばなるまいな。
何処に耳があって目があるか、判ったものじゃない。
――――――其れにしても。
「失礼致します、中佐」
「ん・・・・・・ああ、ホークアイ少尉。どうだった?」
「はっ。筆記試験、精神鑑定、共に問題無しだそうです」
「・・・・・・・・・・・・そう、か」
出るのは溜息ばかり。
まあ、彼なら楽勝で通ると思っていたが。
「浮かない顔ですね」
「――――――そうでも無いさ」
少尉の言葉に、苦笑しながら其れだけ返す。
だがきっと、見え透いた嘘だと、判っているのだろうな。
彼女は、私が最後まで彼が試験を受ける事を渋っていた事を、知っているから。
「・・・・・・次は実技だそうです。推挙者である中佐にも、同席を、と」
「判った」
判った、とは言いながらも、一旦落ち着けてしまった腰は重い。
だが矢張りホークアイ少尉の視線が痛いので、のたりと立ち上がる。
促される様に待合室を出、歩くのは嘗て私も通った廊下。
ああ、気が重い。
そもそも国家錬金術師への勧誘は、私が彼に会う為に利用した名文であって、私自身は本気で無かったのに。
如何して気が変わったんだか。
こんな事なら、何が何でもを止めるべきだった。
何せ志望動機が、「ヒマだから」なのだ。
権力も高額な研究費も、元より目当てでは無い。
そんなが軍属になったとして、一体彼自身にどんな有益になる様な事があるというのか。
――――――何より、彼には。
静かな草原と、貫ける様な空と、柔らかな風と、穏やかな異国の歌が似合う彼には。
『狗』だのという無粋な中傷は、似合わないのに。
辿り付いた試験場には、既に何名かの試験管が居た。
彼等への挨拶もおざなりに、私は決められた席へと着く。
其れから、暫くして。
室内の中央に通されたのは、つい数時間前まで私の隣にいた、青年。
彼は私に視線を向けると、小さな苦笑を見せる。
私が浮かべる不機嫌そうな表情に、失敗でもしてくれと願っている事が判っているのだろう。
――――――と。
続いて、護衛を従え入って来た人物に、私は思わず眉を顰めてしまった。
・・・・・・・・・・・・何故、大総統まで・・・・・・・・・・・・
試験を見学に来るなど、稀ではないか?
「君は、東の国の出身だそうだね?」
「はい・・・・・・といっても、名も無い小さな集落の出ですが」
「ふむ・・・・・・まあ、異国の練成術を見るのは楽しみだ。期待しているよ」
「はい」
大総統との声。
ヤバイな・・・・・・此れではにワザと練成を失敗してくれと思う事も出来ない。
例え望んでいなくとも、彼に目を付け、軍に推挙し、此処まで連れてきたのは私だ。
其れは私への評価にも、繋がってしまう。
大総統の目の前で、矢張り経験の浅い青二才よと、上層部から叩かれる事は極力避けたい。
「では、試験を開始する」
厳かに告げられた、声。
・・・・・・・・・・・・ついに、来た。
等々、来てしまった。
此処まで。
最早後戻りの出来ないこの事態に。
私は、複雑な気持ちを抱えてを見下ろすしかなかった。