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後、少し。

ほんの少しで、其の白い指先に触れる、という時に。





「・・・・・・・・・・もう、良い」





すい、と。

溜息と共に、手は差し出された時と同じ滑らかさで降ろされ。





私はまた、間違ったのだと。

泣きたくなった。




 




 




 




 




 




 
ふしぎのせいねん




 




 




 




 




 




 
「お帰りはアチラ」と冷たく言い放った後、最早口すら開かなくなったヤトに。

また来るよ、と小さな囁きを残してから。

・・・・・・既にもう、1月近くの時が、流れている。





また、来るよ。

そう、言い残してきたというのに。





如何して、私はこうなのだろう。

数年前の、あの時も。

今回の、あの白い手も。





「・・・・・・・・・・・・失礼致します、中佐」

「ん?・・・・・・ああ、ホークアイ少尉。追加の書類かね?」

「はい。出来れば本日中に決済をして頂きたい分なのですが」

「判った。先に見よう」





控えめなノックと共に、室内へ入って来た腹心の部下にそう告げて。

手渡される紙の束に目を通そうとするが。

――――――机に掛かったままの人影に、視線を上げる。





「まだ何かあるのかね、少尉?」

「・・・・・・いえ。今現在の分で、本日の業務は終了です」

「そうか」





まだ何か言いたそうな彼女の目を無視して、書類に目を落とした。

けれどホークアイ少尉に動く気配は見えず。

――――――彼女が言いたい事など、判りきっているけれど。





「中佐」

「・・・・・・・・・・・・」

「中佐!」

「・・・・・・・・・・・・何だね」





彼女が私に聞きたいだろう事は、判っている。

言いたい事も、予想しているのだ。

其れでも――――――だからこそ、普段よりも幾分低い声音で、拒絶する気配すら醸し出しての、問い掛け。





判っているから、聞いてくれるな。何も言うな。

己が1番良く理解している。

親友に後押しされ、部下に無理を強いて。

彼に対し、2度と後悔はしないと誓った筈なのに。





彼れは、只恐ろしいだけのものでは無いと、判っていたのに。

柔らかさを優しさを持っている事を、知っていたのに。





如何して、あの時彼の背を見送る事すら放棄して、目を背けてしまったのだろう。

如何して、あの時直ぐ様彼の手を取ってやらなかったのだろう。

――――――既に私の心の中は、そんな自己嫌悪で一杯なんだ。

他者に詳細を詳しく説明するだけの、余力など、無い。





「明日からの、中佐のスケジュールですが」





けれど、少尉が発したのは、思いもよらない言葉。

思わず目の前の凛々しい顔を見上げてしまう。





「明日からの4日間、休暇に変更となりました」





・・・・・・・・・・・・開いた口が塞がらない、とはこの事だ。

この、何時も仕事に厳しい腹心の部下が。

この、何時も手を抜いては仕事を溜め込む私に対して。

今まで、自主的な希望以外1度として与えられる事の無かった。





休暇?





「・・・・・・・・・・・・しかし少尉。其れでは仕事が・・・・・・・・・・・・」

「ここ1月程何方かがサボる事も無く円滑に己の義務を真っ当して下さいましたので急いで仕上げねばならない業務はありません」

「・・・・・・・・・・・・だ、、だが、この忙しい時期に私が休む訳にも・・・・・・・・・・・・」

「テロに関しては先週大きな組織が壊滅致しましたので、当分鎮静化するであろうというのが将軍の見解です」

「・・・・・・・・・・・・けれどだ、少尉・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・いい加減になさって下さい中佐」





納得いかずに尚言い募ろうとした私の口は。

少尉の吐き出した重い重い溜息と。

がちゃり、と突き付けられた銃口に、『い』の形で固まった。





「貴方は今、ご自分がどれだけ周囲を恐慌とさせているか、ご存知ですか?」

「わ、私が?何だね行き成り」

「この1月、遅刻も無ければ早退も無く、息抜きと称してサボるどころか休憩も取らずに、只々書類と格闘なさって」

「そ、其れは本来在るべき姿であって喜ばれこそすれ恐れられる事では」

「確かに残業は減り定時より前に業務が終了する事が多くなりました。ですが貴方の場合其れ自体が異常なのです」

「い、異常って・・・・・・・・・・・・」

「因みに此れは事態を重く見た将軍からの令でもあります。ロイ・マスタング中佐には明日より4日間の静養を命じる、と」





随分と酷い言われ様だ。

周囲は今まで、如何いう目で私の事を見ていたのだろう・・・・・・確かに、普段の私の素行にも問題があるのだろうが。

オマケにこの休暇は、将軍閣下自ら下した命令ときた。

要らぬ好意とはいえ無視する事は・・・・・・いや、其れよりも今目の前にあるホークアイ少尉の目と銃口が怖い。





「息抜きに、何処か空気の良い処にでも行って来たら如何ですか」

「・・・・・・息抜き・・・・・・とは言っても・・・・・・」

「例えば――――――そう、異国の歌が響く、空の綺麗な丘ですとか」





溜息混じりに呟いた矢先、続いた少尉の言葉にドキリと心臓が撥ねた。

思わず見詰め返した少尉の顔は、相変わらずきつそうで凛々しかったが。

ほんの少し垣間見えた、何処か気遣う様な色合い。





私は1つ溜息吐いて、そうだな、と小さく小さく呟いた。




 




 




 




 






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