突如、空を染める様に上がった、火。

何の疑いもなくロイの仕業だと思ったさ。





――――――だが、違った。





音と空の色を頼りに、ハンドルを切り、辿り着いた先。

人間を切り刻んで。焼いて。

嫣然とその光景を眺めていたのは。

人の制止も聞かず、車から飛び出していったアイツだった。




 




 




 




 




 




 
ふしぎのせいねん




 




 




 




 




 




 
何ていう場面を目の当たりにしちまったんだ。

己のタイミングの悪さに、泣きたくなる。

もう少し遅く辿り着いていれば、もしかしたら全て終わった後だったかも知れねぇのに。





しかも、見たくねぇのに視線が言う事を聞かねぇ。

目の前の奴等を捉えたままだ。





俺が止めるのも聞かずに飛び出しちまった、ロイの拾って来た得体の知れない迷子バカと。

そのバカに抑え付けられてる、1人で偵察に行って来るとかぬかしたそのロイ本人と。

――――――バラバラに切り刻まれた挙句火に焼かれる敵の兵士。





吐き気が、した。





戦場に借り出されてもう直ぐ1年。

俺だって軍属の身だ。この手で人を殺すのも人が死ぬのも何度も重ねた。

殺られる前に殺れ。

戦場ではソレこそが当り前で、罪悪感や嫌悪感は幾らでも募ったが仕方の無い事だと自分に言い聞かせて今までやって来たさ。





だが、ココまでエゲツナイ殺り方は見た事がない。





全てを、灰に帰す。

そんな炎だった。

ロイが操る様な、鮮やかな赤じゃない。

凍える様な、蒼の。





そしてそれは実際、本当に灰にした。

人間というもの。血も肉も骨すらも。

何も、残さず。全て。





複数の悲鳴が途絶えたのは、そいつ等が全員死んだからだ。

焦げた匂いが此処まで匂う。

胸クソ悪くなる匂いだ。肉を焼き過ぎた・・・・・・人を、焼いた。





だがそんな事より。

まるで本物の地獄の鬼か悪魔の様な己の所業に眉1つ動かさずに平然と。

人の形をした影を舐める炎を、ほんの僅かに口元を歪めて見ていた、が。





――――――恐ろしい、と、本気で思った。





近付きたくない。そんな思いがブレーキを踏む。

だが既に視界に入ってしまう範囲まで近付いてしまっていた為か。

俺の操る車のエンジン音は、虐殺の中で残った2人の耳に届いてしまった様で。





ロイを放したがふ、と振り返る。

その目と俺の視線が合ってしまう。

・・・・・・・・・・・・そして。





笑っ、た。

笑いやがった。





さっきの虐殺が嘘みてぇに。

まるで北の大地に舞う粉雪めいた。

嬉しそうなのか哀しそうなのか楽しそうのか泣きそうなのか判らねぇ。





ただ、綺麗な――――――綺麗過ぎる、微笑。





が隣のロイを促す。

差し伸べた手を、遠目にも判るくらいロイは拒んでいた。





当り前か。

間近で、見たんだ。あの地獄を。あの、悪夢を。

俺だって、さっきの今で、手が震えてる。足の膝が、笑ってやがる。





実力行使にモノ言わせたがロイを抱えて近付いて来るのを見て。

さっさと車を反転させて走り出してしまいたかったが、ソレが出来ないのはヤツの腕の中にロイがいるからだ。

まだ、ソレだけの冷静さは残ってた。





ソレでも叫び出したくて堪らない。

来るな、寄るな、近付くなと。

親友を抱えてやって来る、人の形をした得体の知れないモンに。





「マース」





呼ばれて、思わずビクリと肩が震えた。

この3日間で聞き慣れた、在る意味いっそ軽快で柔らかい。

なのに今は、こんなにも恐ろしい。





「ロイ、怪我してるから。早く帰って手当て、してやって」





屋根の無いジープの、助手席にロイを下ろして、ふ、と苦笑じみた笑みを浮かべて車から一歩下がる。

だがそれだけで、自分は乗り込もうともしない。

ホッとした様な、ワケ判らん様な。





固まるロイと、同じ様に動けない俺に痺れを切らしたのか。

動いたのは、が先で。





くるり、と。

俺等から背を向けて歩き出すその細い背中に、思わず慌てた。





「お、おい!お前ドコに――――――」

「ココから離れる」

「離れるって、本部はソッチじゃねぇし大体徒歩だと丸々1日掛かるだろが!!」





怖い。恐ろしい。得体が知れない。

いっそ本当に今この瞬間、目の前から消えて無くなってくれれば良い。

だがそーゆーヤツこそ、目を離せば此方にとっては多大な不安材料だ。





「だって」





足を止めたがふわりと肩越しに振り返る。

柔らかな光を湛える黒い瞳は何処までも静謐で。

口元に履く微笑は限り無く儚げだ。





だからこそ、続けられた声音は嘆きにも似た。





「2人とも。俺のコト怖がってるだろ?」




 




 




 




 






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