躊躇いも無くクナイを引き抜いたサスケに、暗部は汚れるのに、と小さくぼやく。
しかしサスケはその呟きに片眉を跳ね上げただけで、手を止める事は無かった。
「上手い具合に急所は外れてるな」
「外した、のさ。ホラ俺ってば、腐っても暗部、だから?」
「腐っても暗部なら、こんなケアレスミスすんな。よし、出来た――――――だが、思ったより出血が少なかったな」
「ああ、俺特異体質だから」
「・・・・・・特異体質?」
「そ。どんな毒も効かないし、これっくらいの傷なら三日もありゃ跡形も無く消える」
「・・・・・・・・・・・・確かに、特異体質だな」
痛みを感じていないかの如く振舞う暗部に、サスケは溜息を吐く。
其の腹には、目にも痛い白い包帯。
思わず眉を顰める程の傷。小さくはあったが、浅くは無かった。
其れなのに。最初から最期まで飄々と。
「――――――取り敢えず、お前は今晩泊まり決定だ」
「あ?なんで?」
告げたサスケを見上げる鬼の面が、小さく首を傾げる。
思わず、何を判りきった事を、と冷たい視線を放ちそうになり。
「幾ら特異体質と云っても、傷ってのは動けば更に酷くなるものだ。其れに痛覚が無い訳じゃないだろ」
溜息混じりに零したサスケにしかし。
「あー、ソレは大丈夫。こんなん傷の内に入んねーし、大体俺、痛覚なんて知んないから」
飄々と、彼は言ってのけた。
瞬間、サスケは目を瞬かせ。
「・・・・・・どういう意味だ?」
其の表情は、見た事も無い生き物を見る様な。
其れに鬼の面は苦笑じみた声を漏らし、正直な己の感覚を語った。
「痛いって、どんな感じか判んねーの」
転んで額を打って、「痛い」と喚く小さな子供を見た事はあるけれど。
以前手伝わせた草刈りの時。雑草で指を切って、顔を顰めるナルトを見た事はあるけれど。
味覚や聴覚などは、周りの人間を見て何となく覚えたが。
どういった時に、感じるものなのか、とか。どういう表現を表に出せば良いのか、とか。
そもそもどうして、身体の細胞が破壊された時にのみ著しく比例して其の感覚が生まれるのか、とか。
痛覚だけは、どうしても良く判らない、モノ。
「――――――」
小さい、囁きめいたサスケの声は、何処か沈痛。
深い夜色の瞳ですら、哀しみの様に傷みの様に、揺れ。
其の瞳が。憂いにも似た表情が。下から、鬼の面を見上げる。
ひそり、と。呼ばれた名。其れは紛れも無く昼の『己』の名で。
「ありゃ。やっぱバレてた?」
ナルトが『夜』の姿のまま此処を訪れた時点で、薄々勘付いてはいたが。
いともあっさりと正体を看破したサスケに、鬼の面を外し、もまたさらりと訊ねれば。
「当り前だ。アイツ・・・・・・ナルトが素に戻るのは、三代目を覗いては、俺とお前の前だけだからな」
傷みを浮かべながら、其れでもふ、と笑みを見せる。
そして。
「。今、どんな感じがする?――――――此処」
そろり、と。包帯が巻かれた傷の上に触れる、サスケの手。
触れられる事を好ましく思わないは其れに僅か眉を顰めたが。
今にも泣きそうなサスケの顔に、振り払うのが何故か、躊躇われ。
暫し考え、眉を顰めながら素直に答える。
「あー・・・・・・何か、じくじく?いや、ぐりぐり、かな?沸いた蛆虫が這い回ってるみてー。良く判んねーけど、イイ感じじゃねーのは確か
だな。うん」
其の応えに、サスケはそうか、と一つ頷き。
「其れが痛みだ、」
噛み締める様に、含む様に。
サスケの黒い瞳は、真摯にを見上げ。
「覚えろ、――――――其れが、痛みだ」
覚えて欲しい。
痛みを。只の感覚などでは無く、『痛み』として。
其れは人である証だ。
道具などという、無機質な物には決して伴わなず。
生き物に、生きていると知らしめる。
痛覚、という贅沢を感じる事が出来るのは。
己が人で在るという自覚を持たない彼が、無意識に垣間見せる、人間で在るという証だ。
だから。
「覚えろ」
繰り返すサスケに、は訳が判らず、と云った感じで首を傾げ。
其の仕草に、サスケの黒目はまた、哀しみを帯びる。
世の中は、どうしてこんな哀しい存在を、生み出すのだろう、と。
「・・・・・・ナニ2人して見詰め合ってんだよ」
背後から、呆れた様な不貞腐れた様な、声。
振り向けば、未だぽたり、と金の髪の先から水滴を落とす、ナルトの憮然とした顔。
「遅かったな、何時もは行水だけのお前が」
「じっちゃんトコ式飛ばしてたから」
何でも無かったかの様にサスケが声を掛ければ、ナルトはずかずかと歩み寄り、サスケの横にすとん、と腰を下ろす。
其の背後にサスケは膝立ちで回り込み、ナルトの首に掛かっていたタオルを彼の頭に被せ。
わしゃわしゃと金の髪を拭き始めた。
「お前も、今日は泊まってくだろ?」
「当り前」
訊ねた言葉に、速攻で返る声。
其れに、サスケは小さく笑みを浮かべて頷き。
「という訳で、明日の朝飯は3人分だ。頼んだぞ、」
「お。ソレ良い考え。すっげ旨いんだぜ、の料理。極稀に悪食な味付けするけど」
行き成り変わった矛先に、が慌てるのは勿論の事。
「なんで俺が!?てか俺もー帰るって!!」
「さっきも言った。其れは却下だ」
「言ったろ、。じっちゃんトコには式飛ばしたって。快く許可してくれたぜ?」
喚くに、サスケは冷めた目を、そしてナルトは楽しそうな目を其々向け。
は思わず、胸中であの爺・・・・・・と悪態吐きながら天井を仰ぐ。
「・・・・・・仮に許可が出てたとして、なぁんで俺がお前らのおさんどんしなきゃなんねーんだ?」
其れでも、釈然としなくて小さな反抗をしてみれば。
「俺達には明日も朝から下忍の任務があるんだよ」
「日がな1日土弄りか菓子作りしかしてない暇人とは違うの。なーサスケ?」
打てば響く様に返る、心底楽しそうな声。
其の通りといえば其の通りなので、は下手に言い返しも出来ない。
「ああ、そうだ。朝っぱらから肉料理だけは止めてくれよ。胃が凭れる」
「オレは洋食より和食が良い。飯な、飯」
しかも目の前の少年達は、ご丁寧に各々の注文まで付けてきだして。
「・・・・・・あー、ハイハイ。判った。判りましたよもー。遠慮無く泊まらせて頂きますー朝ご飯も作らせて頂きますともー」
何処か投げ遣りに言ったの言葉に、サスケとナルトの2人はしてやったり、という様な笑みを浮かべた。
そして、次の朝。
起きて来た2人の目の前に、肉料理をメインとしたディナーばりの豪華な洋食がテーブルの上に並べられ。
作った本人が満面の笑みで「折角作ってやったんだから残さず食えよ♪」と2人を脅していたかどうかは。
当の本人達のみが知る。
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