傷を、負った。
里中に潜り込んだ、敵国の忍の始末。
其の、任務の最中に。
――――――敵の一人に、脇腹を突かれた。
窮鼠猫を噛む、とはこの事か。
元から歯牙にも掛けていなかった腕前の敵の報復に。
其れでも眉一つ動かす事無く鋼糸を操り。
腹にクナイを刺したまま。
手負いとは思えぬ動きで敵の前へと躍り出て。
何の躊躇いも無く彼等を屠り、其の痕跡さえ燃やし尽し。
ほう、と息を吐き其の場にしゃがみ込んだ・・・・・・其れはその直後に掛けられた言葉。
「お前バカだろ」
辛辣な言葉を投げ掛けられ、『月』――――――もとい、は大仰に顔を顰めて見せた。
「人の顔見るなり何だよその物言い」
「バカをバカと言って何が悪いんだ」
「つか何でお前がココにいる」
「任務帰り。見かけたら一声掛けるのが一応の礼儀ってモンだろ?ま、ソレがお前じゃなきゃ例え苦戦してても素で無視だけど」
応えに、はあーそーですか、と面白くもなさそうにぼやき。
立ち上がろうとすると、近付いて来た彼に手で制止された。
そしてそのまま、両膝の裏と背中に腕を通され、横抱きに抱き上げられる。
「ナルト?」
「今は『夜』だ」
訳が判らなくて名を呼ぶと、素っ気無く返された。
どうやら機嫌が悪いらしい。面を取った所為で晒された黒目は、本来の蒼い瞳よりも冷ややかだ。
こういう時の彼に歯向かう事は得策では無いと本能で悟っていながらも、他者の腕中という居心地の悪さに、短く応戦する。
「俺、歩けるぞ?」
「この傷でか?」
しかし速攻で返ってきた声は、冷たさを通り越して無機質。
自分ではあまり酷いとは思えない傷も、彼にとってはそうは見えなかった様だ。
振動を気にしてか静かに走り出す、近い位置にある黒髪黒目を眺めて。
は小さく息を吐き、それ以上の反論を諦めた。
着いた先は、大きな屋敷。
とはいえ、其処はが世話になっている火影の屋敷ではない。
を抱いたまま、ナルト――――――『夜』がひっそりと静まり返った建物を囲う、塀をひらりと飛び越える。
コレはもしかせずとも不法侵入、というヤツではないのだろうか。
物言いたげにが彼の顔をちらり、と見ると。
「報告よりも、傷の手当てが先だろ」
微妙にずれた返事が、返って来た。
暗く沈黙する屋敷に、唯一明かりの漏れる窓。
近付いて、『夜』――――――ナルトは声を掛けた。
「おーいサスケー。開けてくんねー?」
其の科白に、ああココはうちはの屋敷かと、は思う。
どうりで立派な佇まい。見た目では火影の屋敷と引けを取らない。
「・・・・・・ってか、そーじゃねーだろヲイ」
思わず自分に自分で突っ込み。
「おい、『夜』」
「何」
「――――――良いのか?」
色々な含みを織り交ぜた簡素な疑問に。
「ああ。知ってるから」
返って来たのは、矢張り簡素な、多数の響きを持つ言葉。
そして、程なくして現れた黒髪の少年は。
暗部服の青年に抱き抱えられる鬼の面の暗部の姿にほんの僅かに眉を顰め。
其の意味を瞬時にして悟り、無言で窓を開け、二人を中へと促した。
「悪いな、サスケ。任務先から一番近かったのが、ココだったモンだからさ」
「いや、構わない。取り敢えずソイツはソコに座らせろ」
挨拶じみた軽い口調に、淡々と返る声。
サスケに言われるまま、『夜』は抱き上げていたの身体をベッドの上へと降ろし。
覗いた先は、未だ刃を深々と咥え込んだままの、傷。
改めて、明るい場所で見る其の酷さに、思わず眉を顰めた。
「結構深いな・・・・・・抜かずにおいて、正解か?」
下手に抜けば出血多量だ。
しかも、刺した後ご丁寧にも捻りを入れられている。
更に付け加えるならば、血臭の中に幽かに漂う、毒の香。
「・・・・・・それにしても、良くコレで普通に動けたな」
しみじみと漏らせば、当のは至極当然の様にのたまう。
「あ?ああ、だから大した事ナイって」
その科白に、『夜』は思わずこめかみに指を添える。
「・・・・・・・・・・・・お前、やっぱバカだろ」
「お前最近人の顔見るとソレばっかな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前に自覚がねーから言ってやってんだよ」
さめざめと溜息吐きながら、取り敢えずクナイを抜く事から始めようと手を伸ばせば。
「や。良いよ汚れるから」
――――――思わず、殴り付けてやりたい衝動に襲われた。
がんがんと怒りに響く心中を押し宥める。
そう、此れは怒りだ。
決して己から他者に触れようとせず、又他者に触れられる事を良しとしない彼への。
己を嫌悪し。己を狂気、穢れと言い切り。
故に他者を懐内に踏み込ませない――――――否、己など他者から触れられるに値しないと。
『人』の形をした出来損ない。所詮『器』でしかない物に、人と同等の扱いを施す必要は無いのだと。
そう、己が評価を断定したの、頑なな拒絶に対する、怒り。
そして哀しみだ。
此れ程迄に歪むまで、『器』と云えど元は『人』だと、己を教えられなかった彼への。
『人』でしかないのだと。『人』であるのだと。そんな事も判ろうとしないへの、深い深い憐憫だ。
じっと、を見据える。
見つめ返してくる黒の双眸は、静謐な空洞。
恐らくは、ナルトが何に対して憤りを感じているのか、其れさえも理解出来ていないだろう。
何かを言いたくて、だが声に出せない。
口を開けば、出てくるのは罵倒ばかりの様な気がして。
自ら理解しようと思わぬ者に、何を言おうと無駄な事だ。
だからこそ、横から割って入ったサスケの声は、ナルトにとっては救いだった。
「ナルト、そっちは俺に任せろ。お前はまず風呂。さっさと其の返り血と匂い落として来い」
振り向いた先、サスケの視線は未だ『夜』の姿のナルトを見据え。
そして手には、水の張った水桶と数枚のタオルと薬箱。
有無を言わさずナルトを追い遣り、の前に陣取って。テキパキと衣を脱がし始める。
「だーかーらー。手当てくらい自分で」
「五月蝿い怪我人。此れでも飲んで大人しくしてろ」
講義を上げるに丸薬を一つ放り投げ黙らせて。
さっさと行けと手を振るサスケに、ナルトは頷いて従った。
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