森を抜けて、ちょっと歩いただけで辻馬車と遭遇したのは運が良かった。
到着したナントカとかいう街はカントカとかいう祭の最中で。
なのに丁度予約客からキャンセルされた、とかって空いてない筈の宿を奇跡的に押さえられたのも運が良い。
観光と買い物目当てでぶらりと外に出てみたら、速攻でアンティークの指輪拾って。
バカ正直にお巡りさんに届けたら、運良く落とし主がいてさ。
妻の形見なんです良かった見つかって、なんて言った金持ちそうなロマンスグレーは。
・・・・・・コッチがイイっつってんのに、どっかり謝礼を用意した。
ま。貰えるモンは何でも貰うんだけどね。
そんなこんなで2週間とちょっと。
正確には16日。
あたしはまだ、この街にいる。
短期契約で雇ってくれたレストランのウェイターのバイトも、昨日で期限が切れて終わって。
これからどうするべ、なんてスパゲティ突付きつつ。
お世話になってる宿の1階で考えてるところさ。
平和な世界で生きていたあたしは、ぶっちゃけアクマとの戦争に参加するのはイヤだ。
世界の為に、なんて大仰な博愛を持つワケでもない。
大切な人がいればまた違うかもしれないが、この世界であたしにそんなのはいないし。
終わりなんて誰にでもくる。
遅いか、早いかの違いだ。
その、何時か来る終わりまで。あたしは普通に平和に静かに暮らしたい。
雇ってくれたレストランで、正式雇用、の話も出てたんだけど。
丁重に断りました。
名残惜しんでくれながら、色つけといたからね、なんて言ってくれたオーナーはホント良い人だったけど。
・・・・・・食事をしに来たっつーよりあたし目当てにきたっつー女性客の相手なんかしてられっか。
アレはまぢできつかったよ。そこかしこで牽制の火花飛んでたもんな。
・・・・・・キレイなおねーさんは好きだけど、女にモテたってねぇ・・・・・・?
・・・・・・つか、あたしなんかの一体ドコがいーんだか・・・・・・
ちなみに、給金袋開けた時はビビッた。
まじでこんなに貰っていーのか、なんて思った。うん。
・・・・・・なんか最近すっげ金運大幅アップだ。
ないよりある方が助かるからイイんだけど。
・・・・・・・・・・・・1カ月前まではパチンコで大負けに負けてたのにな。
くぅぅっ、今の金運があの頃のあたしにあればっ。
「よう。どうしたんだ、。元気ねぇな」
声を掛けられて、ぴく、と肩が揺れた。
・・・・・・ああああヤな予感。
ちろん、と視線を上げて。
速攻落としてゲッソリする。
「駄目だぜぇ?んな色っぺぇ顔で色っぺぇ溜息なんか吐いちゃあ」
・・・・・・・・・・・・ぞぞぞぞぞぞっっ。
「・・・・・・耳元で喋らないで下さい」
思わずギンッ!!と睨み付けた相手は、コッチの言葉も無視であたしの髪をすっと撫でた。
「だぁから。駄目だってんな眼ぇしちゃ。襲われてぇの?」
うっぎゃああああああっっ!!
流し目すんな囁くな隣に座んなあっっ!!!!
思わずあからさまにズザッと引いた。
「んな露骨な態度取るなよ。傷付くだろ?」
勝手に傷付けっっ!!つか傷付いてないくせに!!
怒鳴り付けてやろうとした言葉をグッと飲み込み、プルプル震える拳をどうどうと宥める。
お、落ち着けあたし。
こんなトコで大声出して、周囲の娯楽の的になるのはイヤだ。
こんなヤツの為に体力消耗すんのも勿体無いし。
つい、とそっぽを向いて再びスパゲティ食うのに取り掛かった。
隣の物体は、何が楽しいのか頬杖付いてあたしを見てる。
ちくちく刺さる、ってゆーより舐める、様な視線が気持ち悪い。
見た目は、イイ。背だって、あたしよりも高い。
10人中8人まではハンサム、と称しそうな精悍な顔付きだ。
その10人中2人の内の1人はあたしだが。
ついでに金持ちの後取り息子・・・・・・ヤの字が入ってる家らしいけどな。
まあそんなマイナス要素差っ引いても、女なんて引く手数多のハズ。
・・・・・・なのに何故、今現在ドコをどう見ても男のあたしを見る度にこうサムい台詞を吐く!?
「なあ、」
無視だムシ。
「おい、って」
聞こえません聞こえません。
「・・・・・・美人がメシ食ってんのってイイよなぁ。なんかこう、ソソる」
がちゃんっっ!!(フォークを落とした音)
・・・・・・お、悪寒が・・・・・・っっ!!
ああああもういっそその口を縫い付けたいっっ。
つか撲殺したいっっ。
「ん?どした?」
・・・・・・はっ。
我慢だあたし。抑えろあたし。
幾ら何でも生理的に受け付けないからって普通の人間叩き落とすのはヤバイだろ。
・・・・・・コイツの後ろにミイラ骸骨あったら速攻で壊してやったのにな。
「ちゃーん?」
「・・・・・・何ですか」
「今晩、俺んち来ねぇ?」
「行きません」
キッパリすっぱり。
「まあそう言わずに。仕事は昨日で終わってんだろ?」
・・・・・・ドコで仕入れてんたよその情報。
「予定が入ってます」
「予定、ね。ソレって・・・・・・女?ソレとも男?」
うわ。目ぇ細くなった。
笑顔の裏に見える獰猛さがコワイ。
って、ナニ人の肩に手ぇ回すっっ!?
ぎゃー!!引き寄せんなー!!
「俺にしとけよ。優しくしてやんぜ?」
ぷっちん!!
あたしの脳内で何かが切れるのと。
かろろん。
宿の入り口のドアベルが鳴るのは、ほぼ同時だった。
「・・・・・・好い加減に――――――」
「すんません。ココ、部屋空いてるさ?」
低く吐き出したあたしの小さな声に、被さる様に、声。
若い男の声だった。良く通る、声。
その所為か、あたしの肩を未だに抱いてるセクハラ野郎は、あたしの声に気付かなかった。
ちっ、誰だあたしの邪魔をしやがった奴は!!
ヤツ当たりいっぱい込めて、入ってきたソイツに、目をやった。
・・・・・・・・・・・・固まった。
黒い服。
左胸のローズクロス。
マフラー。
眼帯。
オレンジ頭。
・・・・・・ななななんでっっ!!
こんなトコにっっ!!
あたしが愛してやまないキャラが来るっっ!?
「悪いねぇ、今空いてないんだよ」
「・・・・・・あちゃー。ココもさー・・・・・・」
おかみさんとラビの会話。
困った様に頭を掻く仕草が・・・・・・か、かわゆい。
「・・・・・・ナニ。はああいうのが好み?」
ぞくぞくぞくぅっっ!!
耳元で囁かれ、しかもぺろりと舐められた感触に背筋が凍った次の瞬間。
ばきゃっ!!
「うごっっ!?!?」
どんがらがっしゃん!!
あたしは命一杯ワイセツ物をぐーで張っ倒していた。
・・・・・・うーわー周りのビックリした様な視線がイタイ。
ラビなんて目ぇまんまる。
あー抱き締めてー。
――――――って、そーじゃなくて!!
「・・・・・・ごめんおかみさん。弁償する」
引っくり返した 椅子とテーブルを元に戻しながら。
見下ろしたのは割れた皿とグラス。
「別に構わないよ」
ぺこりと頭を下げたあたしに、おかみさんは笑って許してくれた。
しかも、ちゃんの方こそ災難だったねぇ、としみじみ言ってくれて。
・・・・・・災難。確かに災難だ。
この2週間、宿にいる時はずっとあのセクハラ野郎に纏わり付かれていたからな。
駆け付けたおかみさんの娘さんにごめんな、と謝れば、ふるふる首を振ってさっさと片付けていく。
ホントにごめんよありがとう。
あたしは足元に置いていたリュックサックを肩にかけた。
大きめのソレは、アクマからパチッたトランクの代わりに買ったものだ。
「・・・・・・テ、テメェ、俺に逆らうとどうなるか解って・・・・・・!!」
「五月蝿い知るか二度と寄るな変態」
逆ギレして凄んできたセクハラ野郎に、絶対零度の視線でひと睨み。
・・・・・・をを。真っ青になって固まった。
ひっ、て息を呑むのが情けない・・・・・・つか、人を化け物の様に・・・・・・
まあ、ソレはソレ。こんなヤツに怖がられたって屁でもない。むしろドンと来い。
つか、今まで見るのもイヤで、まともに視線も合わさなかったけど。
最初っからこーしてれば良かったんだな。
ケッ、と吐き捨てカウンターへ。
・・・・・・興味深々、って顔でコッチを見ていたラビと目が合った。
なんかさっきまでおかみさんにあたしとセクハラ野郎がこーなった経緯を聞いてたらしい。
災難だったな、なんて苦笑を浮かべられて、あたしもついつい顔が綻んだ。
・・・・・・ソコでどーしてちょっとビックリした顔をしつつ頬を染めるかね。
イヤあたしとしては嬉しい事この上ない事なんだけどもさ。
けど今の自分のナリを考えたら素直に喜べん。
現実と妄想はきっかりクッキリはっきりサッパリ、違うんだぞ?
・・・・・・まあ、今の状態じゃ現実も妄想もないと思うけどさ。
ううん。でもどうしよう。
ココで会ったが百年目・・・・・・って違う。
お近付きになりたいとは思うけど。
あたしの身の上なんか、話して信じて貰えるとも思わん。あたしなら信じない。
信じられたら信じられたで、もれなく黒の教団に入団、っぽいし。
戦争の渦中に放り込まれるのは出来るだけ遠慮したいから、ソレはヤだ。
イノセンス適合者になってしまってるから、何時かは巻き込まれるんだろうけど。
せめてもーちょっと観光したい。
ソレに、近付く人間端からアクマだ、なんて疑ってるからな、ラビ。
不用意に近付いてあの小槌でヤられるのもちょっと・・・・・・
てなワケで、今回は朝から立ててた今日の予定をちょっと繰り上げて行動ゴー。
「おかみさん、お勘定。あとチェックアウト」
「おや。予定は2時だったんじゃないのかい?」
「うん。でもソッチの人、宿探してるみたいだから」
「えっ、やっ、悪いさそんなん俺んコトなんか気にしなくていいさっ」
・・・・・・やっぱ可愛いなぁラビって。
慌ててバタバタ両手を振る仕草なんて特に。
「良いよ。元々今日出る予定だったし」
「や、でもさ」
「人の好意は素直に受け取っとけ?」
にぃっこりvv
半ば脅し込めて笑顔を振り撒けば。
固まって、ソレからボボンッと顔から火を噴いて。
俯いた後あーうー呻いて、最後にコクンとちっちゃく頷くラビの百面相。
・・・・・・ああああやっぱり可愛い・・・・・・vv
とか脳内で悦に入りつつ、顔には出さずに支払いを済ませる。
「手伝ってくれた分まけといたからね」
「ありがとう」
「また来ておくれよ。ちゃんなら大歓迎だからさ」
「うん、また来るよ」
にっこり笑ってひらひら〜と手を振りながらラビの横を通り過ぎ。
かろろん、と扉を開けた時だった。
「ちょ、待つさっ」
声を掛けられぎゅむっと服を掴まれ。
ん?と肩越しに振り返ると、以外に近くにラビの顔があった。
「何?」
「・・・・・・あ、う、そ、その・・・・・・」
ちょっと小首を傾げて向き直ったら、パッと手を離してもぢもぢしだす。
――――――お持帰りしても宜しいでせうか?
・・・・・・・・・・・・はっ、いかんいかん。
余りの可愛いさに理性吹っ飛ぶトコだった。
根気良く待ってると、ちらちらとあたしを伺いながらもぢもぢしていたラビが、意を決した様に顔を上げる。
だけど直ぐ様俯いて。
「・・・・・・あ、ありがとうさ・・・・・・」
茹でダコ。正しくその言葉がぴったり。
構ってくれといわんばかりな・・・・・・
・・・・・・ヤバい。あたし今ホントに腐れ女子モードだわ。
速いトコここを離れないと、ホントにテイクアウトしちゃいそう。
変態殴った手前、自分が変態になるのはカンベン。
・・・・・・けど、コレくらいなら良いよな。
あたしは俯いてるラビの頭をくしゃっと撫でた。
纏まりのなさそうな髪は、結構柔らかい。
ぴくっと肩が揺れて、ラビがあたしを見上げる。
「どういたしまして」
再び、にっこり。
・・・・・・あれ?
そーいやラビ、あたしより背ぇ低いよーな・・・・・・
性転換のお陰(?)で身長も伸びました、ってか?
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま、いっか。
元々考えるのは嫌いなあたしは直ぐ様疑問をゴミ箱に投げ入れ。
そして今度こそ。
かろろん、とドアベルを鳴らしてお日様の下へと一歩踏み出した。
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