霧の様な雨の中。
見下ろした先には、石の様に闇の様に、動かない、塊。
何処も彼処も重く濡れている。
ぱたり、と雫を落とす黒髪も。暗く色の変わった衣服も。
重く、重く濡れている。蹲るのは少年の様だった。
「――――――生きて、いるか」
問いに、応えは無い。動きは、無い。
当然、かも知れぬ。
幾ら街並みが眼と鼻の先にあるとは云え、此処は獣の出没する街道。日は既に、落ちた。
塊はひとつ。簡素な衣服だ。鋭利な牙から爪から、身を守るには余りにも、柔い。
纏うのは、重くたゆたう血の香り。
厭なものを見た。素直にそう思った。
暗い夜と大気を濡らす雨の中。蹲る塊、足元の大地は、黒く。
このまま、放置しておけば。明日の朝には人の形すら、残ってはおらぬだろう。
獣に、喰われて。骨すら、残さず。喰われて。
溜息、ひとつ。
虫の息でもあるのならば、連れて帰ろう。そう、思った。
だが、既に此れは物言わぬ。ならば、捨て置く。
薄情と、云わば云え。
血の香は野生を揺り起こし、獣を、呼ぶ。
其れを知って尚、態々餌を背負い襲われる確率を高める、など。
留めておいた歩を進める。靴の裏で、ぐず、と濡れた大地を踏む音がする。
一歩、又、一歩。塊に近付き、脇を、通り過ぎ。
――――――ぱたり、と音が、した。
霧雨の中、其れは妙に大きく響いた様な、気がした。
歩を、止める。まさか、と思いながら、振り返る。
視界の先、蹲る塊が、ぐらり、と前へと倒れ込みそうになっていた。
けれど寸でで、ぱしゃり、と、音。
黒い大地に、着いた手は。白く、白く濡れていた。
咄嗟に駆け寄り、崩れ行く身体を、支える。
そして――――――瞠目。
のたり、と緩慢に。上げられた、頭。
色を失くした面に、濡れて張り付いた、髪の間。
覗いたのは、宝石の様に稀有な、金銀妖眼、だった。
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