人に、成りたかったと。
慟哭にも似た嘆きを聞いた事があった。
己の中に眠る、妖の存在に。
生きてくれ、と。
願いの言葉を囁かれた事があった。
己に似た髪の色の、男の存在に。
死んでくれ、と。
呪いの言葉を叩き付けられた事があった。
己に似た白い肌の、女の存在に。
幸在れ、と。
祈りの言葉を掛けられた事があった。
己と同じ貌を持った、娘の存在に。
俺は。
一体誰の望みを、叶えれば良い?
空に浮かぶのは、猫の爪の様に細く鋭い三日月。
木々の間を太い枝の上を。物凄い速度で移動しながら、チラリと横を窺う。
其処には、俺と同じ速度で動く、暗部。
ほんの少しの光量でも、きらきら輝く銀の髪。
そりゃ、今回の仕事は一人だと結構骨が折れそうだって、内容聞いた瞬間から思ってたし。
俺だって、毎回毎回ナルトとばっかり任務をこなしてるワケじゃないし。
そのナルトは、他の任務で数日前から影分身一体残して里には今いない。
けど。
・・・・・・まさかこの人が今晩の相棒とは。
思ってちょっと遠い目をする。
確かに、忍が不足してるってのは知ってるけどさぁ。
何も現役から遠ざかって今ではのんびり先生なんてしてる人、借り出さなくたってイイんじゃね?
久々の仕事で、勘が鈍ってて怪我でもしたらどうすんの。
足手纏いにでもなったりしたら、俺さっぱり見捨てるよ?
イヤ、ソレは無いか。腕が良いのは確かだし?
何せ写輪眼のカカシだもんねー。俺やナルトよりは下だけど、ソレナリには強いもんねー。
や。だけど。でもだね。
何つーか、やっぱ常日頃から聞く変態上忍、って噂の所為?
あんまこの人とはお近づきになりたく無いんだよ。
何気に鋭いトコあーるーしーさー。
暗部の『月』イコォル俺だって事知ってるのは、今んとこじーさまとナルトだけだけど。
この人すぱっと見破っちゃいそーな気がすんのよ。
前に一度暗部の仕事一緒になった時、俺呪術使っちまったし。
その時、『月』の正体にすっげ興味持たれちゃったみたいだし。
『月』が術師だって事は、下忍の任務でじーさまの屋敷の大掃除手伝ってもらった時に知られちゃったし。
しかも俺、ナルトと違って猫なんか被ってねぇし。
・・・・・・血ぃ見ると自虐性増して残虐な事もサラリとして、いっつも「人変わってるぞ」ってナルトに言われるけどさ。
考えてると、カカシせんせがそんな俺の様子に気付いたみたいだ。
「ど〜したの?疲れた?」
「や。別に」
「そ?」
「そ。」
短く返して、前を見据える。目的地はもう、目と鼻の先。
ソレからの俺達は、言葉も何も無く。
只、其処へ向かって直走った。
いやぁ。説明の時に聞いてはいたけど、凄ぇ数。
「・・・・・・20くらい?」
「や。30近くは軽くい〜るね」
俺の疑問を、カカシせんせが訂正する。
其処は火の国から、普通に歩けば悠に三日以上はかかる谷。
野党が最近頻繁に現れる様になったって、場所。
その野党の殲滅。ソレだけなら別に上忍数人でも出来る任務だけど。
奴等の数が多くて、しかも統率してんのが抜け忍だってんで、暗部に話が回ってきたSクラス任務。
「あ〜・・・・・・抜け忍、何人だっけ?」
「あのねぇ・・・・・・そんな重要な事忘れるんじゃな〜いの。8人だよ」
「内3人程が、下手したら暗部クラス、だっけ?」
「そうそう。後は上忍・中忍の雑魚ばかりだけど」
のほほんのほほん。
端から見れば全然緊張感無い会話。実際、緊張感なんて更々無い。
つか上忍・中忍を雑魚呼ばわりするのってどーよ?
まあ、確かに俺達にとっちゃ雑魚だろうけど。
「俺は後方援護に回させてもらうから。奇襲頼むね」
「え。俺が仕掛けんの?」
「当然。前は全然働いてくれなかったか〜らね。お手並み拝見させてもらうよ♪」
うわぁ。やっぱまだ前の任務で手ぇ抜きまくった事根に持ってる?
「じゃ、始めるよ」
「・・・・・・らじゃー」
面倒臭そうに返事を返した俺に。
カカシせんせは気配で笑って俺の横から姿を消した。
そして早速。
俺は木の影から抜け出し、呪術で強化した火遁の術で見張りの6人を一気に火達磨にした。
「何だ!!?」
「忍っ!!?てっ、敵だっ!!敵がいるぞぉっ!!」
声も上げられずに骨まで灰と化したそいつ等の合間を縫って疾り、異変に気付いて出てきた野党共の真っ只中に突っ込む。
小さく指を動かせば、チャクラを練り込ませた俺の鋼糸に、面白い様に落ちて転がっていく腕や脚や首。
耳障りな悲鳴。怒号。
そんな中、傷の入った額宛をした忍が、千本を無数に放ってきて。
俺は足元にあった死体を掴み上げ盾にして、ソレに千本が突き刺さってる間に大きく跳ぶ。
そんな俺の行動に一瞬怯んだ相手の隙を突き。その足を、やっぱり呪術で強化した土遁の術で地面に縛り付け。
「オヤスミ」
一言囁き、顔面片手で掴んで、がんっっ!!と大地に後頭部叩き付け、そのまま握力だけで顔を握り潰した。
手に直接伝わる骨の砕ける感触。指と指の間から目玉が飛び出して、ついでに割れた頭蓋から脳漿まで飛び散る。
ああ、『生温い』。
「うわあ。『月』ってけっこーエゲツナイ殺り方するね」
後ろで、俺が仕留め損ねた野党共の息の根を確実に止めてるカカシせんせの声。
この人、ホントに後方援護、ってーか後始末しかしないでやんの。
俺、いっぺんでイイから雷切とか見たかったんだけどな。
『綺麗』なんだって?珍しくナルトが褒めてたぞ。
後ろから突進してくる敵忍さんその2の頭上にひらり、と跳んで。
今度は両手でその頭掴んで、ぐりん、と回す。
べきゃ、と小気味の良過ぎる音と共に、首を180度回転させた男が、ぴくぴく痙攣しながら倒れるのを、見送りもせず。
次の瞬間には、手刀で敵忍さんその3の分厚い筈の胸板を易々と貫き、脈打っていた心臓を引きずり出した。
生暖かい肉をぽいっと後ろに投げ捨て。一気に3人くらい、鋼糸で縦に真っ二つに割る。
その時。ひゅんっ、と俺の顔の横を一本のクナイが通り過ぎた。
ソレは俺に腕を落とされて、ソレでも一矢報いようと俺に向かって刀を振り上げていた男の喉元に深く深く突き刺さる。
ちらり、と見てみたカカシせんせの気配は、何とも云えない複雑そうな色。
「そーゆーの、好き?」
「ん。けっこー」
別に『好き』じゃないんだけどね。
人を殺したって感覚が、直に手に伝わってくるから。
「どーせ同じ殺すなら、楽しまなきゃ」
だから思っても無い事を口にする。
そしたら、カカシせんせは更に複雑そうな雰囲気を背負って。
「なんか、壮絶だねぇ。俺も結構人の道外れてると思うけど、上には上が・・・・・・って『月』っっ!!」
ばたばたと敵を倒しながら言い掛けていた言葉は、急に厳しくなり。
その視線は俺の背後。土の中からぬらりと音も気配も無く出てきた忍に、向けられ。
くつり。
俺は『笑』って、後ろを振り返る事もせず。
ほんの僅かに指を動かし、鋼糸でソイツの身体を絡め取り。
「パターン判り易過ぎなんだよ、ばーか」
コマ切れに、してやった。
弾けた様に飛び散る肉塊。注がれるソレを全身で受け止めなから。
既に雑魚で生きてるヤツはいない。
だから気配を経って草陰で息を潜めてる奴等に突進。
多分、この3人が例の上忍クラス。
俺達がバテてきた頃合を見て、一気に叩くつもりだったんだろうけど。
まさか気付かれているとは思ってもみなかったんだろうな。
そいつ等は慌てて反撃態勢に入った。
確かに気配の消し方上手いよ?
けど、俺には丸判り。ってか、俺やナルトに扱かれてるサスケの方が断然上手い。
にしても、やっぱ予測でも暗部クラスとなると、動きもイイねぇ。
飛んで来る手裏剣やらクナイやらがまた的確で早いのさ。
しかもその内の1本が、俺の耳を掠めて。
ちり、と熱い感覚に、目の前で舞った自分の髪数本。
・・・・・・ソレだけなら、まだ良かったのに。
――――――あろう事か。付けていた面の括り紐が。
はらり、と切れた。
かろん、と落ちる、能面の様な俺の暗部の鬼の面。
「え・・・・・・、くん・・・・・・?」
俺の顔を見て、一瞬だけど固まったカカシせんせ。
・・・・・・あちゃー。
思わず、片手で顔の半分覆いたくなった。
俺、ナルトと違って任務の時に変化なんてしねーからなぁ。
表の自分が、下忍ですらないからってのが理由なんだけど。
何たる予想外のアクシデント。
どーうしよっかなー・・・・・・
誤魔化しなんて、通用しねーからなぁ。この人には。
じーさまもナルトも狸だけど。カカシせんせもけっこーな狸。
化かされてくれる気は、毛頭無いだろう。
「・・・・・・『月』?」
「何?」
「・・・・・・くん・・・・・・?」
「うん」
ああ、やっぱどーせなら、人畜無害な顔して鉄扇使わせたら超一流の、だけど結構ニブちんなイルカ先生と仕事したかった。
あの人は、俺が術師だって事も『月』が呪術使うって事も知らないし。
何より、何だかんだと云ってまだ『月』と面識が無いから。
また見たいよなぁ・・・・・・悲鳴をBGMに鮮血舞わせながらイルカ先生が舞ってるトコ。
あーゆーのが、すっげ『綺麗』ってゆー事なんだろーな。
・・・・・・でもイルカ先生が暗部の仕事請け負うのって、実は少なかったりするんだよな・・・・・・くぅっ、勿体無い。
理由は簡単。
イルカ先生大好きなナルトが、「イルカ先生に何危ない事させてんだよ!!?」ってじーさまに食って掛かったから。
怪我とかして欲しくないらしい。親バカならぬ子供バカ。その感情が何処から突起するのか良く判らねーけど。
そーいやアイツ、俺の事でもじーさまにイチャモン付けたらしいな。
曰く「に仕事回しすぎだ!!」って。
つか仕事回され過ぎなのはナルトの方だろ。
じーさまには、引き取ってもらった恩ってのもあるし、働かざる者食うべからずって諺もあるし。
だからコレッくらいは俺普通だと思ってんだけど。イヤ実際仕事少ないとかって思ってんだけど。
何か、ナルトは俺に暗部の仕事自体辞めさせたいらしい。ソレも良く判らん。
そんなに、俺が人殺して狂ってくのイヤか?
普通の感覚を持たない俺が、余計に自分でソレを凍らせ歪ませて行くのが。
・・・・・・俺なんか未だに、早く自我崩壊してくれねっかなー、なんて暢気に考えてんだけどな。
そりゃ確かに、最近自分が妙に人間らしくなってきたなーって、良く思う。
ソレがナルトやサスケの、涙ぐましい努力の結果だって事も、良く判ってる。
――――――だけどさ。意識の在り方を、根本的な考えを変えるのは。覆すのはやっぱり難しいんだよ。
何時だって俺の中には、あの時の嘆きと願いと呪いと祈りの言葉が木霊していて。
大切なのは、俺の中の彼女≠セけで。
――――――そして俺が要らないと思うのは、俺≠サのもので。
必要無いモノなんか、さっさと壊れて跡形も無く粉々になって無くなってしまえば良い。
俺を必要としてきた奴等は、あの時全部全部死んだから。
そして多分、俺を必要とする奴なんてこれから先いないだろうから。
今までの生き方全部を否定して第二の人生歩めるくらい、俺はこの世に未練なんてねーし、希望とかも持ってねーんだ。
・・・・・・うあ、考えが反れた。
良く判らんが、気分が悪い。胸の辺りがムカムカする。
・・・・・・・まあ、考えるのもそんな感覚も後にして。今は取り敢えず。
「俺の顔を見て、あまつさえ傷を付けてくれた代償は、高く付くぜ?」
俺を殺せるだけの技量も無いクセに、俺に怪我させた、代償は。
多分、その時の俺は、壮絶な殺気を放っていた。
敵の忍3人が凍り付く程。
そして残虐な殺し方をした。
カカシせんせが、思わず息を呑んで目を逸らす程。
只殺すのは面白くないって。小さな子供が悪戯を思いついたみたいに。
3人を鋼糸で人形に仕立てて、互いに互いを嗾けた。
一人には忍刀を。一人にはクナイを。一人には千本を。其々持たせて。
俺の鋼糸で操られて、仲間同士での殺し合い。
助けてくれ、と云う奴等の懇願を聞き流して。
一人の胴体が断ち割られても、一人の片目が抉り出されても。止めてなんてやらなかった。
そいつ等が全部肉の塊になるまで。
人形劇みたいに、空中で互いを切り刻むそいつ等の流す血を浴びながら。
俺の口元は多分、笑みの形に歪んでいた。
「・・・・・・何、泣きそうな顔で笑ってんの」
掠れた声に後ろを振り返る。
其処には、面を外したカカシせんせの痛々しそうな顔。
「そんな事ないって。普通に楽しくて笑ってっよ?」
にっ、と笑って言い返す。だけどカカシせんせは小さく首を横に振って。
「泣きそうだよ・・・・・・嫌なら最初からするんじゃないの」
言われて。そうか、と他人事の様に思った。
そうか。俺泣きそうな顔してんのか。
今の表情が、『泣きそうな顔』なのか。
「人の死を愉しむなんてね、ホントはやっちゃイケナイ事なんだよ?」
判ってる?なんて言いながら俺の顔を覗き込んでくるカカシせんせに、俺はちょっと首を傾げる。
「愉しくないんでしょ?こーやって人殺すの」
ソレは確かに。
別に愉しんでるワケじゃない。
愉しくて、人殺してるワケじゃない。
でも、必要なんだ。
壊す為に。壊れる為に。
――――――忘れない、為に。
「俺が言うのも変だけど。人を殺すのに愉しみ覚えちゃったら、お終いだよ?」
――――――俺はそのお終い≠、望んでるんだよ。
なのにカカシせんせの言葉は、俺の中で抜けない棘みたいに、ちくちく突き刺さって。
「だから、必要以上に無意味な殺し方なんて、するんじゃないの」
血に濡れて重くなった、俺の髪をぽむぽむと撫でながら。
痛そうに哀しそうに俺を見詰めるカカシせんせに。
・・・・・・只、俺は無言で笑い掛けた。
判ってるよ、カカシせんせ。
本当は、大分前から判ってんだ。
この行為は無意味だって。
最初から壊れていた感覚を、更に壊そうとする行動は無駄な事だ。
けど、何にだって修復しようとする力は発生するだろ?
例えば、摘まれた花がまた蕾を付ける様に。
例えば、傷が治っていく様に。
今の俺の周りには、そうやって俺を『修復』しようとする奴等ばっかりで。
ナルトも、サスケも、じーさまも――――――ナルトの九尾や彼女≠ナすら。
不器用ながらも確実に、俺を『人間』にしようと躍起になってる。
そんなの、今更無理なのに。
俺は別に、そんな事望んでもいないのに。
なあ、皆知ってる?
彼女≠ヘ、未だに人間に成りたいって夢を、捨て切れて無いんだよ。
――――――だから、彼女≠ノこの身体を明け渡す為に。
俺が初めて食った人間て、俺を石牢から逃がそうとして一族に殺された、俺の『父親』だって云う男だったんだってさ。
――――――だから、初めて口にした血肉の味を覚えている為に。
俺が初めて殺した人間て、俺を殺そうとして、でも結局殺せなかった、俺の『母親』だって云う女だったんだよ。
――――――だから、初めて浴びた鮮血の色を忘れない為に。
初めて俺の為に死んだ人間て、俺を外に出す為に一族滅ぼした、俺の『妹』だって云う娘だったんだ。
――――――だから、その望みを叶えてやる為に。
俺だけ壊れて無くなっちゃえば、彼女≠ヘ『人』として『生きる』し、そうすれば勝手に『幸せ』になっていくし、俺は『死ぬ』事になるだろう?
だから只、己がまだ『生きて』いるという事を確認する為に。
そして只、『修復』される事を拒む為だけに。
只、繰り返しているだけだ。
彼女≠フ孤独を嘆きを癒す為だなんて、そんなものは建前。
哀しい妖は、己を受け入れた俺が居れば、俺が宥めあやせば、其れだけで癒されているから。
優しい彼女は、其れが例えどんな醜い命でも、奪う事を躊躇うから。
断末魔の叫びも生暖かい血も肉も、好きでは無いから。
だから、此れは俺の為。
じーさまや、ナルトは。俺が壊れるのは妖の所為だと思ってるけど。
満月の晩に、狂わされるのは妖じゃない。
狂っているのは、彼女≠カゃない。
そう見せかけて。だけど本当に。当の昔に壊れているのは。
――――――俺、自身なんだよ。
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