愛情と憎悪は、紙一重だから。

 惹かれていたのだ。恐らく。最初から。

 己とは全く異なった、けれど孤独を抱えるこの哀しい魂に。









 









 









 
「――――――任務完遂?」

 血糊の着いたクナイを一振りしながら、小さく呟く。





 今夜の仕事は、密かに国を出ようと企んだ、大名の暗殺。

 大名本人は只の一般人だったけど、金にものを言わせて雇った抜け忍ってのが結構スゴ腕で。





 しかも今夜は満月。

 こんな日に任務を完璧に遂行出来るヤツなんて、木の葉じゃオレともう一人くらいしかいない。

 だから、自然とオレ達にお鉢が回ってきやがった。





 取り敢えず、もう一人が相手の忍達を引き付けてる間にオレがターゲットを仕留めるという手筈になったんだけど。

 そのターゲットであった贅肉だらけの野太いおっさんは、見事にオレの目の前で肉の塊になっている。

 なんか、Sクラスっていう割には、あっけなかったなー。

 多分アッチの片ももー付いてんだろーなー、なんて、のんびりアイツが戻ってくんの待って。





 ――――――ふと見上げた夜空には、でかでかとその存在を主張した蒼い月。





 その存在を認識して、ああそういや今日は満月だったっけ、なんて今更な事を思って。

 ・・・・・・次の瞬間、まさか、って嫌な予感に身が震えた。

 それから、何時まで経っても戻ってこない相方に、オレはアイツと敵忍達が消えた方角へ向かった。









 









 









 
 そして予感は的中する。





 アイツが最も得手とするのは、オレと同じ鋼糸。

 その鋼糸が。縦横無尽に、蜘蛛の巣の様に張り巡らされた、街道の合間の開けた土地で。





 一番初めに気付いたのは、咽る様な血の香り。

 ソレから其処等中に飛び散らばる肉塊。





 ・・・・・・いや、肉塊なんて生易しい言葉じゃない。細切れ。ミンチ。そう形容した方が正しい。





 血の匂いさえ無かったら。

 先程までココで死闘が繰り広げられていた事を知らなかったら。

 ソレが人の肉の欠片だと気付きもしなかったに違いない。





 今日は一層、容赦が無かったみたいだ。

 何時もなら、腕なり脚なり、取り敢えず『人間』としての原型を留めてんのに。





 けどソレよりも何よりも。オレが目を瞠ったのは。

 血の香りと肉の破片に囲まれて。

 全身血だらけなのに、更に血を浴びようとしているアイツの姿、にだった。





 ざわり、と全身が総毛立つ。

 危うく九尾のチャクラが漏れそうになって、慌ててソレを押し込める。

 片手に、無造作に掴んだ生首を。持ち上げて、頭から滴る血を被る――――――











 名前を呼んだ。任務時の名前じゃ無くて、本来の名を。

 うっすらと、の目が開く。







 もう一度。今度は少し、力を込めて。





 ゆらり、と。持ち上げていた生首を下ろして、オレを見る。

 その双眸は鮮やかな朱金と青銀。けれど其処から伺える光は無く。

 例えるなら空虚。空洞。底無しの密室。





 けどオレを見てたその目は直ぐに生首に注がれて。

 また持ち上げて、切断部分に舌を這わせる。





 オレはに近付いて、その生首を奪い取った。

 怒るかと思ったからは、何の反応も無いまま。

 オレは奪った生首を後ろに放り投げて。

 血で汚れた頬を、軽く指で拭って。





「・・・・・・





『夜』の姿のまま、その細い身体を抱き締めた。









 









 









 
 月に一度。月齢14.9の夜。

 は完膚なきまでに壊れる。

 壊れるというか、内部に巣食う狂気が、満月の魔力に呼応して『表』に現れる、らしい。





 以前、『なんでそんな不安定な時に、アイツにSランクの任務なんかやらせるんだ』ってじっちゃんに問い詰めた事あったけど。





 任務を与えなかったら自虐に奔るんだ、なんて返事が返って来て、言葉を呑んだ。

 自分の腕の皮を剥いだり、目を抉り出そうとしたり。

 時には首の頚動脈を掻っ切った事もあったそうな。

 ソレを防ぐ為に殺しの任務を与えているんだって、口にしたじっちゃんの顔は。





 とても痛ましい、哀しみに満ち満ちた憂いの表情。









 









 









 
 里の外れの森ん中。本当のオレの家までの手を引いて、帰る。

 じっちゃんも、こーゆー時のの状態を知ってるから、報告は明日の朝一番に後回しだ。

 放っとけば、無気力にピクリとも動かないの面倒の方が、オレにとってもじっちゃんにとっても大事だから。





 部屋に入るなり、血だらけの服を脱がして、オレも脱いで。

 脱いだ服はもう使いモンになんねーから、速攻燃やす。





 んでもって、やっぱり手を引いて風呂場に直行して、2人揃ってシャワーを浴びる。

 自分の髪の毛やら身体やら洗いながら、の髪の毛やら身体やら、丁寧に洗ってやって。

 (モチロン本来の姿だと身長差があり過ぎるから、17歳バージョンのオレに変化して)。

 その後、身体拭いてやって。髪の毛乾かしてやって。何故かオレんちに常備してしまった用の服を着せてやって。





、こっち」

 さっぱりしたを、オレはベッドに座らせた。

 そのまま、オレはの背後に回りこんで。後ろからぎゅっと抱き締める。

 その姿勢のままで、夜明けが来るのを待つんだ。このまま、が今度は自虐に奔ってしまわない様に。





 満月の晩の任務の後は、いつもこうだ。既にパターン化していると言っても良い。





 の白い細い指に、自分の指を絡ませて。白い細いうなじに、ちゅっと小さくキスして。

「キツくない?」

 問い掛けは、と、オレの中の九尾に向けてのもの。

 大事無い、と九尾からは返事が返ってきた。でもの方からは、何も無い。





 ま、予想はしてたんだけどさ。





 でも九尾が大丈夫っていう事は、の中の狂気も落ち着き出したって事。

 ――――――の中に封じられた妖が、再び眠りに就いたという事だ。

 取り敢えずホッと息を吐いて、オレはの肩越しに顔を埋めた。









 









 









 
 の中には、オレの中の九尾よりも厄介なヤツが封じられてる。

 人に憧れて、人を愛して。

 そして最低最悪の形で裏切られた、『宝玉』と呼ばれる妖の中の妖が。





 ソレを知ったのは、ごく最近の事だ。

 暗部でとツーマンセルを組み始める前、じっちゃんに教えられた。





 我が子を殺されて復讐に出た九尾は、オレを我が子の様に慈しむ事で憎悪を緩和させたけど。

 の中の妖は、の自我を掻き乱して、喰い千切って、それでもまだ嘆き続ける。

 夥しい程の哀しみと、長い年月を経て風化してしまった憎しみと、底の無い絶望とを、に植え付けて。

 それでも、まだ。いとおしいと。人が、恋しいと。諦めながら、嘆くんだ。





 満月の晩に。

 己が、犯され殺され喰われて封じられた日と、同じ夜に。





 だから。

 器とはいえ、所詮人でしかないは、当の昔に・・・・・・ホントは多分、物心付いた時には壊れてて。

 だから、少しでもその嘆きを宥める為に、死肉を喰らい鮮血を呷るという狂人じみた事も、平気で出来る。

 その狂気は、今は落ち着いている九尾ですら、気を抜けば引き摺られてしまいそうな程、兇悪だから。





 それでも次の日の朝には必ず笑って。

 そして居心地悪そうに、人の温もりから離れて。

 ちょっとバツが悪そうに、『普通』な顔で、言うんだ。

 少し前の、オレみたいに。









 
「わり、ナルト。また迷惑かけちまった」









 
 判ってんの?

 オレ、別にそんな言葉が聞きたくて、アンタと組んでるワケじゃないんだよ?





 アンタや、サスケや、サクラや、イルカ先生とかじっちゃんとか、後、一応カカシとかが、オレの救いになった様に。

 少しでもアンタが、傷付かない様にって、思ってんだよ?





 全面的に信頼してくれなんて、言えないけど。

 オレがアンタを救えるなんて、おこがましい事は考えないけど。

 少なくともこの里の中で、アンタを殺せるのも守れるのも、オレだけなんだから。









 
 だから、どうか。

 過去の亡霊に。今はアンタの中で眠ってる嘆きの姫君に。

 昔のオレみたいに。









 
「・・・・・・縛られ続けんなよ」









 









 
 まだ、何も聞こえていないだろうの耳元で、小さく呟いて。

 だんだんと空が白み鳥の鳴き声が聞こえ出す、薄暗い部屋の中。





 オレはベッドの上で、動きもしない細い身体を抱き締め続ける。









 









 






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